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もうYONDA? THNのおちゃらけ特集号

c0012636_11381816.jpgNHLも開幕2週間を過ぎ、すでにチームによっては明暗分かれつつある展開になってますね〜。

オタワ&ナッシュビルが快調に飛ばす一方で、ピッツバーグはズタボロになりつつも今季1勝目を目指し、アトランタは出入りチームへと変貌・・・とリーグの話題については、また後ほどお伝えするとして、まずはこっちの本の話題から。

ホッケー関係の刊行物では老舗の「ザ・ホッケーニュース」が遂に出しました、この手の特集号を。題して「Lighter Side of Hockey」。NHLにまつわるおバカなストーリーを1冊の本にまとめあげたというこの雑誌(計164P)の表紙を飾るのは、ご存じ映画「スラップショット」のハンソン兄弟のお三方です。

で、気になるその内容のほんの一部だけ紹介すると、こんな感じ。

*思わず笑いが漏れる写真が満載。ライトニングファンの息子の上で「この子をもらって」とサインをかざすフライヤーズファンの父。レンジャーズファンと乱闘するマイク・ミルベリー(現NYアイランダーズGM)、フィル・エスポジトの現役時代のロッカーに掛かるお守りの数々(「壽」マークって?)、カルガリーのストリーキング、トレーニングキャンプでエアロビに夢中のロビー・フトレク(なぜだか他の選手と仕様が違うのが彼らしくて笑える)、ロックアウト中のNHL選手ヨーロッパツアーでいたずら中のマーク・バージュバン、今となっては懐かしいイリヤ・コバルチャクの王冠姿&アレクサンダー・デイグのナース姿&セオレン・フルーリーのサンタ姿、バーニー・ニコルズの80年代ファッション(ジュニア時代には毛皮のコートを着てたらしい)などなど。

*ハンソン兄弟のインタビュー記事:バッファローを訪れた際には、当時のテッド・ノーランコーチに「試合前にスピーチして欲しい」と頼まれた。で、セイバーズはこの試合に勝利し、テッド・ノーランコーチはハンソン兄弟のスピーチを絶賛したんだとか。このインタビュー記事の締めくくりに、NHLゲイリー・ベットマンコミッショナーの暴力とホッケーを切り離すスタンスについて、映画では明らかに暴れまくってるハンソン兄弟たちのコメントが載せられているのが、いかにもTHN的。

*ケリー・フレージャーのヘアスタイル@ロックアウト編:レフェリーたちも仕事がなくって経済的に困っていたという2004−05年NHLロックアウト。ケリー・フレージャーの妻キャシーさんは、新聞折り込みなどのクーポンを集めて少しでも安い買物をしようと家計をやり繰り。これを見たフレージャーは「節約のため、美容院に出かける間隔を長くしたら、プレスリーの下手な物真似になってしまった」とのこと。ちなみに残念ながら写真はありません。う〜ん、見てみたかったそのヘアスタイルを。

30チームのビートライターたちが、それぞれのチームについてのネタを2ページ費やしたコーナーもあるんですが、ここでは各記者たちの実力差がくっきり現れているような・・・中にはそのチームのビートライターになってあまり年月が過ぎてない人もいるし、ロードゲームには帯同していない人もいるので、ご用心。

いずれにしても、制作したのがTHNなので渋めのネタがほとんど。ESPNマガジンが同様な企画を練ったら、もっとおバカさを前面に打ち出した内容になったのではと予想できるのだけど、そこはホッケー大国の老舗紙の矜持が邪魔をしたためか、抱腹絶倒というよりは、含み笑いで読み終える内容がほとんどかも。

ここ最近北米ホッケーでは、OHLウインザーの一件を発端に、ルーキーに対するイジメ(いわゆるイニシエーションですね)にスポットライトが当たってしまっており、いわゆるプラクティカルジョークというやつに対して、どこまでが冗談でどこからがイジメなのか、このご時世は微妙な判断が求められるわけなのです。良質なプラクティカルジョークとはなにかを示すのに、皮肉にもタイムリーな一冊でありました。
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by hockeyworldjapan | 2005-10-24 11:37 | NHL overall

取材こぼれ話

ずっとホッケーを取材してきて思うのは、「広くて狭いホッケー界」ということ。
先日も、こんな出来事がありました。

福藤選手の周辺取材ということで、ECHLレディング・ロイヤルズのカーク・テイラーヘッドコーチに、電話インタビューをした時のことです。

ここで、まずはテイラーコーチのプロフィールをご紹介。ロイヤルズでは、昨季まで2年間ヘッドコーチを務めていたデレク・クランシーが、AHLマンチェスターのアシスタントコーチに昇格しており、その後任としてテイラーが8月22日にヘッドコーチに就任しました。現在のロイヤルズは、2001−02年開始前にコロンバスからチーム移転したもので、移転後5年めでテイラーは4人めのヘッドコーチとなりました。

テイラーによると、昨年、今年と夏のロサンゼルス・キングズの若手育成キャンプ(@ロサンゼルス)で、ゲストコーチを務めていたのが、今回のコーチ就任のきっかけとなったそうです。過去2年間はカナダの大学(ウォータールー大学)で2年間ヘッドコーチを務め、それ以前も1997年からカナダの大学(ニューブランズウイック大学)でアシスタントコーチ職を経て、レッドディア短大でのヘッドコーチ職に就いていました。現役時代は、FWとDFを両方こなすいわゆる「スイングマン」(テイラーコーチ曰く「自分はどっちもちゃんと出来なかったから(笑)」)だったそうで、1988年からOHLで3年間プレー後、ニューブランズウイック大学ではキャプテンを務めていたんだとか。

で、カナダの大学でずっとコーチをやっていた彼が、なぜキングズとのコネを作っていたのか? と疑問に感じた私。大きなお世話だろうなと思いつつ、その辺をテイラーコーチに聞いてみました。苗字が「テイラー」だけに、GMデイウ゛・テイラーと親戚か? と、当然疑いましたとも。

すると、テイラーコーチ、ノンストップでたくさん喋りまくってくれました。

「まず僕は、カナダ・ナショナルチームのプログラムに参画していたんだ。そこでマイク・ジョンストン(現バンクーバー・カナックスアシスタントコーチ、かつてカナダ・ナショナルチームでアンディ・マレー(キングズヘッドコーチ)の下、アシスタントコーチとして活躍)と知り合いになった。そしてジョンソンからアンディ・マレーを紹介してもらったんだ」
「それから、キングズのトレーニングコーチのマイク・ケイダーともそこで知り合った」
「さらに、アンディ・ノウィッキ(キングズGKコンサルタント)、レイ・ベネット(キングズ・アシスタントコーチ)は皆、レッドディア短大で指導していたんだ。そこで知り合ったんだよ」

なるほど、カナダ・ナショナルチーム&カナダの大学繋がり恐るべし。

NHL全体としては少数派のイメージはあるけど、かつてコクドでも指導したビル・モアーズ(現エドモントン・アシスタントコーチ、かつてアルバータ大学のヘッドコーチ)は、戦略派コーチとしてNHLではトップに数えられる。そのモアーズの師匠にあたるクレア・ドレイク氏は、地元エドモントンではまさに伝説的コーチ。エドモントン出身のケン・ヒッチコック(フィラデルフィア・ヘッドコーチ)などは、エドモントン遠征の時は必ずドレイク詣をしている。また、レッドディア短大といえば、マイク・バブコック(デトロイト・ヘッドコーチ)も、一時指導していた。徐々にではあるが、現在のNHLで地味だがじわじわ勢力を伸ばしつつあるのが、こうしたカナダの大学出身の指導者なのかも知れない。

テイラーコーチに、モアーズの話を向けると、今度は彼の「日本繋がり」の話が堰を切ったように飛び出した。

「ビル・モアーズ? もちろん知ってるさ。あ、ウイリー・デジャーデン(元西武鉄道、雪印コーチ、現WHLメディスンハットGM兼コーチ)も知り合いさ。あと、ランディ・エドモンズ(元日光アイスバックス監督)も知ってる。そう、お互いノースベイ出身(注:カナダ・オンタリオ州)だからね。あ、ちなみにエドモンズの方が歳は5つ上さ。これは秘密だけど(笑)。彼は今、ドイツでコーチをやってるよ」

懐かしい名前を聞いてしまった。

本当にホッケー界は狭いです。
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by hockeyworldjapan | 2005-10-19 20:00 | その他

NHL小ネタ集

Canadiens pay tribute to departed Expos, Youppi! a hit with fans
以前もこちらでお伝えしたネタですが・・・
今季からカナディアンズのマスコットを務めることになった「ユッピ!」。
かつてMLBモントリオール・エキスポスのマスコットとして人気があったのですが、エキスポズは2004年にワシントンにチーム移転。以来職にあぶれていたところを、今季からカナディアンズへマスコット界初の「FA移籍」。アンドレ・ドーソン、ゲイリー・カーターという2人の往年のエキスポス選手と一緒に試合前のセレモニーに出席していました。
カナディアンズ入りが正式発表された頃のインターネットによる調査では、「ユッピ!」の加入には2対1で反対という結果が出ていたものの、この日のベルセンターの観衆は「ユッピ!」に大歓声を送っていたとか。
背番号はエキスポス時代からの「!」だそうです。

Adrian Aucoin has come a long way since he and a guy named Naslund were struggling Canucks
シカゴで今季からキャプテンに就任したエイドリアン・オコインについての、バンクーバーの記者のコラム。ナズランド同様、キーナンには虐げられていたというオコイン。ナズランドは、モギルニーが膝を故障したことで、キーナンがメシエのRWがいなくなったことでチャンスを掴んだが、オコインはその後タンパベイ、NYアイランダーズと渡り歩いて、今夏シカゴではぐっと価値が上がった選手。
確か日本開幕戦で来日した頃のオコイン、攻守ともにまだまだ・・・という感じでしたよね。メジャージュニアでなく、大学ホッケーを選んだ選手は往々にしてフィジカルさが足りないとか言われる傾向があるのですが、彼もその例に漏れなかったと思います。
しかし、現在のルール改正がそのままNHLに根付けば、大学ホッケーで伸び伸びとオフェンス力を身につけたディフェンス選手は、かなり将来が明るいかも知れないなと思う今日この頃。

Wild: Special teams rolling, but don't say anything
ペナルティ増加の今季、鍵を握るのはスペシャルチームス(PPとPKね)ってことは明白。で、両部門でリーグトップを突っ走ってるのが、なんとミネソタ・ワイルド(「なんと」というのは、ジャック・ルメア爺に失礼かしらん)。まだシーズン始まったばかりなので、なんとも言えませんが、太もも付け根故障のマリアン・ガボリク抜きで、PP成功率33.3%、PK阻止率95.0%という数字というのは大したもの。
ちなみに現在はガボリクの代わりに、マーク・シュイナール(アナハイムでは「ジギーの親友」として知られてたけど、ワイルドでは今やスコアラー)、ピエール・マーク・ブシャール(小さいけど速い!)が、頑張ってるようです。ちなみにPP、PKともに最下位はカルガリー(68.2%、6.7%)。ふーむ。

Bolts, Walgreens Strike Deal For Coins
ライトニングは、アメリカ大手のドラッグストアチェーン「ウォルグリーンズ」とスポンサー契約。タンパ地区での「ウォルグリーンズ」では、ライトニングの選手を象った銀のコインを販売(1セット$12.95)するんだとか。まずは第1弾としてブラッド・リチャーズのコインが10月21日vsオタワ戦で5000セット無料配布される模様です。今後はパウ゛ェル・クビナ、ルスラン・フェドテンコ、ダン・ボイル、ヴァンサン・ルカウ゛ァリエ、デイヴ・アンドレチャク、マルタン・サンルイのコインが発行されるそうですが・・・リチャーズ、似てない(笑)。
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by hockeyworldjapan | 2005-10-19 19:25 | NHL overall

今季のNHLチームキャプテン(その2)

前日からの、今季NHLキャプテンにまつわるミニストーリー、後編です。

ミネソタ:NHLの中で唯一フルタイムのキャプテンを設けず、チーム創設以来月替わりでキャプテンを指名する方式はもうお馴染み。
今季10月のキャプテンはアレックス・ヘンリー。短いチームの歴史で実に13人めのキャプテン就任となった。ヘンリーは2003年ワシントンからウエーバーでワイルドが獲得した選手。恵まれたサイズを生かしたフィジカルなスタイルのDFであるヘンリーは「OHLでプレーすることすら難しいと言われた僕がここまで来れたとは・・・最高さ」と地元紙「スタートリビューン」にコメントしている。
で、ワイルドのチーム内キャプテン予想大会では、このヘンリー就任を唯一GKドゥエイン・ロロソンが見事的中。ただしチーム内ではまだ地味な存在のヘンリーだけに、トレーニングスタッフが「誰のジャージにCマークを縫ったか?」という㊙情報を、ロロソンを提供したのでは? との疑惑が沸いてるらしい。
Aマークはブライアン・ロルストン、ウェス・ウォルツが着ける。

ナッシュビル:グレッグ・ジョンソン。2002年10月9日にプレデターズのキャプテンに就任。現在ではエクスパンションドラフト時からチームに残る3人のうちのひとり(他スコット・パーカー、トーマス・ボクーン)となっており、プレデターズとしての通算出場試合記録を更新中。
ほぼ毎年キャプテンの顔触れが替わるアトランタとは異なり、1998年チーム創設のプレデターズにおいて、ジョンソンはトム・フィッツジェラルドに次いでまだ2代めのキャプテン。Aマークはスコット・パーカー、キモ・ティモネンが着けている。

ニュージャージー:キャプテン職は空席のままシーズン突入。2003−04年までのキャプテン、スコット・スティーブンスが引退を発表、その後継者と目されていたスコット・ニーダーマイヤーがアナハイムに移籍している。Aマークは、ジョン・マッデン、ブライアン・ラフォルスキー、アレクサンダー・モギルニーが着けている。

NYアイランダーズ:アレクセイ・ヤシン。これまでのキャプテン、マイケル・ぺカがエドモントンに移籍し、その後任としてスティーヴ・スターリングコーチはヤシンを指名した。Aマークはマーク・パリッシュ、ブラッド・ルコウィッチが着ける。
ヤシンはオタワ在籍時の1998−99年もキャプテンを務めていたが、そのシーズン終了とともにオタワとの契約が残っているにもかかわらず年俸アップを要求し、翌99ー2000年はプレーせずという経緯があった。そして2001年8月アイランダーズに移籍後は、10年9000万ドルという途方もない契約を結んだが、近年スコアリングは鳴りを潜めてしまった。
そのため、アイランダーズのオーナー、チャールズ・ウォング氏とGMマイク・ミルベリーは、今夏ヤシンをバイアウトすることも考慮に入れた。しかしヤシンとの契約はまだ向こう6年(5400万ドル)も残っており、バイアウトするには3600万ドルを要する。これは今季から導入された1チーム毎のサラリーキャップ(3900万ドル)、つまり1チームの年間選手予算に相当するもので、さすがにIT長者のウォング氏もこれを思いとどまった。代わりに、ヤシンのオフェンス起爆剤として、ミロスラフ・シャタンをFAで獲得している。
で、当のヤシンは、今季ここまで5試合では2ゴール2アシストという数字。プレシーズンでは5試合で3ゴール4アシストと好調だったが、さて今季復活なるか?

NYレンジャーズ:マーク・メシエが引退後はキャプテン職は空席に。現在はヤロミール・ヤーガー、ダリウス・カスパライティス、スティーブ・ルーチンがAマークを着ける。先にもお伝えしたが、ヤーガーにはキャプテン就任への白羽の矢が立ったらしいが、ヤーガー本人は「キャプテンはメディアやファンと話すのも仕事の一部なので、英語のネイティブスピーカーの方がいい」と、キャプテン職には興味なさげ。このヤーガーの論理でいくと、リトアニア出身のカスパライティスもキャプテンには向いていないことになる。ルーチンはアナハイムでキャプテンを務めていたが、今季移籍したばかりということで、Cマークについての決断は焦らずに・・・というのがコーチングスタッフのスタンスらしい。

オタワ:ダニエル・アルフレッドソン。前述のアレクセイ・ヤシンが契約上の不満を訴えてセネターズに合流しなかった1999−2000年シーズンに、セネターズの暫定キャプテンとして活躍。翌2000−2001年、ヤシンはセネターズに戻ってプレーしたがキャプテンの称号を剥奪されたため、アルフレッドソンがそのままキャプテンを務めた。
そのアルフレッドソン自身も、2001年秋には契約交渉のもつれでチーム合流が遅れた。セネターズには一時「アルフレッドソンを放出し、手薄なセンター獲得に至るのでは?」というトレード話まで出たが、結局アルフレッドソンは9月21日1年300万ドルに合意。この一連の問題ゆえに、アルフレッドソン本人はCマーク返上も考えたらしいが、当時のジャック・マルタンコーチ(現フロリダ)やチームメートとの話し合いにより、そのままキャプテンの座に留まったという経緯あり。Aマークはズデノ・チャラ、ウエイド・レッデンの2人で定着。

フィラデルフィア:キース・プリモー。2001年10月23日、エリック・デジャーデンが突然プレッシャーに耐えかねて自らCマークを返上。その後、プリモがキャプテンとしてフライヤーズを引っ張ることになった。
キャプテン就任後は素晴らしいリーダーシップを発揮している。2002年プレーオフファーストラウンド惨敗後には、当時のビル・バーバーヘッドコーチについて「選手との関係に致命的な亀裂があった」とチームオーナーのエド・スナイダーに直訴。結果、バーバーコーチは解任となった。
当時は、選手が自らの権限の枠を飛び越えてオーナーに直訴し、ヘッドコーチをクビにするとは何事か? と論議を呼んだものだった。
しかし近年、プリモーは自ら素晴らしいプレーで、リンクの外だけでなくリンクの中でもチームにとってかけがいのないリーダーだいう事実を見せつけた。相手のトップラインを抑える仕事を請け負いながら、すごい気迫でここぞという局面でゴールを決めるそのプレーは、頼もしさに溢れている。
Aマークはシモン・ガニエ、キム・ヨンソンとフレッシュな顔触れに、デリアン・ハッチャーが着ける。

フェニックス:シェーン・ドーン。2003年9月10日コヨーテズのキャプテンに就任。ウイニペグ時代から数えて通算15代め、96年フェニックス移転以来3代めのキャプテンとなった。現在のコヨーテズのメンバーで、ウイニペグ時代を知る唯一の選手でもある。
Aマークは、ブレット・ハルとショーン・オドネル、デレク・モリス、マイク・リッチが着けているが、リッチが故障、ハルが突然の引退宣言なんてニュースもあって今後はどうするのだろうか?

ピッツバーグ:マリオ・ルミュー。ペンギンズ加入4年目のトレーニングキャンプでキャプテンに指名されて以来、途中病気療養(1994−95年:ホジキン病の放射線治療の後遺症のため欠場。ロン・フランシスが代わりにキャプテンを務める)、そして現役引退(1997−2000年:ロン・フランシス、ヤロミール・ヤーガーがキャプテンを務める)のブランクはあったものの、ペンギンズのCマークを長年務めている。Aマークはマーク・レッキ、ジョン・ルクレアとベテランで固める。

サンノゼ:パトリック・マーロー。2004年1月5日からキャプテンを務める。当時、オーウェン・ノーラン、テーム・セラニとベテランが去ったシャークスの中で、マーローは静かなるリーダーとして台頭。当初マーローのキャプテン就任は10試合限定であったが、以降チームが好調だったことから、その後も継続就任となった。24歳でのキャプテンはチーム史上最年少。マーロー自身、キャプテンに任命されたのは実にピーウィー時代以来だったとか。Aマークはアリン・マコーリー、スコット・ハナンが着ける。

セントルイス:ダラス・ドレイク。トレーニングキャンプ突入前の9月14日に、ドレイクのキャプテン就任が発表された。アル・マキニスが引退し、マキニス負傷後にキャプテンに戻っていたクリス・プロンガーもトレードでエドモントンに移籍。この2人の後を継ぐというのは大役ではあるが、チームメートから好かれ相手から嫌われるタイプのドレイクのキャプテン就任には、チームメートが皆納得というところ。Aマークはバレット・ジャックマン、ダグ・ウエイトが着ける。
ドレイクに難くせつけるつもりは毛頭ないが、本来ならこのキャプテン職にキース・カチャックが収まるはずだったのでは? と考えるファンも多いのではないだろうか? ご存知の方も多いだろうが、今季カチャックは、トレーニングキャンプにオーバーウエイトで参加し、体力測定で不合格。ブルースから出場停止処分を言い渡された後は、個人トレーナーと別メニューをこなしていた。そして9月29日、再び体力測定を実施し今度は合格。その後はロッカールームでチームメートに謝罪した。
今季はリーグ最高レベルの760万ドルという年俸をもらっているカチャックだけに、メディアの矛先はそれは鋭いもので、「カチャンキー(Tkachunky)」だの「カチャビー(Tkachubby)」だの、様々な呼ばれ方で揶揄されていた(注:chunkyもchubbyも、ともに「太っている」の意。多少ニュアンスは違いますが・・・)。
そんな一件があったブルースだけに、カチャックともフェニックス時代から仲良しという意味でも、ドレイクのキャプテン就任はまずまずの人選ではなかろうか?

タンパベイ:デイウ゛・アンドレチャク。2004年プレーオフでは「まだまだやれる」というところを見せつけ、チームをカップ獲得に導いたアンドレチャクは、今夏8月25日に2年契約延長にサイン。夏の間はバッファロー地区で他のNHL選手たちとスケーティングを毎日実施していたとあって、コンディションは良好とか。
9月に42歳となり、今季NHLではクリス・チェリオス(デトロイト)に次ぐ年長プレーヤー。10月8日の試合出場で史上7人めのNHL通算1600試合を記録しており、これは現役選手では最多の数字でもある。
Aマークはヴァンサン・ルカヴァリエ、フレデリック・モディンが着ける。

トロント:マッツ・サンディン。しかし今季開幕戦vsオタワでパックを顔面に受け、現在は左目負傷と眼窩骨折で欠場中。現在は外見上の腫れは収まりつつあり、骨折部分の手術は不要と診断されているが、まだ視力が十分に戻っていない状態とか。このサンディンの負傷が、現在のNHLでのバイザー着用義務化についての論議を再沸騰させたことは間違いない。Aマークはトーマス・カベルレ、ブライアン・マッケイブが着ける。

バンクーバー:マーカス・ナズランド。カナックス全体でスウェーデンにトレーニングキャンプに出かけた2000年の9月15日、故郷スウェーデンでマーク・クロフォードコーチからキャプテン就任のニュースを聞いた。マイク・キーナンがカナックスのヘッドコーチを務めていた時代は、キーナンがあまり起用してくれずトレードを申し出たこともあったほどのナズランドだが、1998−99年に36ゴールと爆発。以来カナックスには不可欠な存在となっている。
今夏はスウェーデンに戻ってプレーするのではとの憶測や、幼なじみのピーター・フォースバーグとセットで同じチームでプレーしたいとの願望もあったそうだが、8月3日にカナックスと契約延長(3年1800万ドル)。ご存知のようにフォースバーグは、同日8月3日にフィラデルフィアと契約に至っている。
Aマークはブレンダン・モリソン、トレウ゛ァー・リンデン、トッド・バーツッジ、エド・ジョウ゛ァノフスキー、リチャード・パークが着ける。

ワシントン:ジェフ・ハルパーン。9月23日キャピタルズの12代めキャプテンに就任したハルパーンは、地元ポトマック出身で、子供時代から「リトルキャピタルズ」で少年ホッケーをプレー。父メルは1974年からキャピタルズのシーズンチケットホルダーという、筋金入りの家族揃ってキャピタルズファン。1999年にFAでキャピタルズと契約した際には、地元でプレーできるということで他チームの高額オファーを蹴っていた。
このハルパーンのキャプテン就任は、キャピタルズのファンの集いで発表されたもの。その一方でAマークは、ラインナップ表を見る限り発表されていない。2003−04年途中では、6人の「A」(ピーター・ボンドラ、ブレンダン・ウイット、セルゲイ・ゴンチャー、ロバート・ラング、マイク・グリアー、ヤロミール・ヤーガー)を抱えていたキャピタルズなのだが・・・(新しい情報お持ちの方、お待ちしています)。
話はハルパーンに戻そう。ユダヤ系選手として知られるハルパーンは、10月12日vsカロライナ戦は、ユダヤ教の教えによる最も神聖かつ厳粛な1日(Yom Kippur 贖罪日)にあたり、断食を守るため欠場している。ちなみにNHLでの過去5シーズンは、この贖罪日には試合が入っていなかったのだそう。過去に同じくユダヤ系選手のマシュー・シュナイダーも、この贖罪日には欠場した経験ありとか。
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by hockeyworldjapan | 2005-10-16 16:53 | NHL overall

今季のNHLチームキャプテン(その1)

シーズン開幕したNHLですが、やはり日本でTV放送がないというのは、寂しい限りですね。

ネットラジオを聴いてても、ルール改正の恩恵で今季はリードしても「安全圏」というのがないので、すぐ試合がひっくり返るエキサイティングさがあります。ただ、そういう内容を実際に目にしないと、それについてここで書くのもなんだかな〜というのが私の本音ではありました。だからNHLについては、正直いろんなニュースを目にしながらも筆は重かった。

そういうことで、TV放送が始まるまでか、もしくは私本人が現地に赴いて実際の試合を目にするまでは、実際のプレーまで突っ込んだ内容ではなく、小ネタ繋ぎになるとは思いますが、よろしくお付き合い下さい。

で、今季目についた事象として、NHLのチームキャプテンの動きでもまず紹介しておこうと思います。新キャプテンがかなり多いですし、その他のキャプテンについてもちょっとしたトリビア系情報をお伝えするにはいい機会かなと思いまして・・・

結構長文なので、2回に分けての掲載です。

アナハイム:スコット・ニーダーマイヤー。8月3日FAでマイティダックスと4年2700万ドル契約で移籍後、10月3日にキャプテン就任。弟のロブ、フェドロフがAを着ける。ニーダーマイヤーは2003−04年シーズンもニュージャージーで、キャプテンのスコット・スティーヴンスがシーズン後半脳震盪のため欠場中に、Cマークを着けていた。古巣ニュージャージーからは5年契約、しかも現労使協定枠内最高額の年俸780万ドルと提示されていたが「弟ロブと一緒にプレーしたい」との理由で、デビルズよりも低い提示内容だったダックスを選んだ。弟ロブは4年800万ドル契約に今夏合意済。
マイティダックスは2002−03年まではポール・カリヤ、2003−04年はスティーヴ・ルーチンと、キャプテンマークを着けた選手が移籍するという一時のモントリオール・カナディアンズ状態になっていたが、ニーダーマイヤーは4年契約で今後は安泰そう。

アトランタ:スコット・メランビー。9月28日にキャプテン就任(スラッシャーズ創設6シーズンめで5人めのキャプテン)。ピーター・ボンドラ、ボビー・ホリク、スラヴァ・コズロフの3人が、Aマークをローテーションで着ける。2003−04年はショーン・マケクランがキャプテンを務めていたが、マケクランはボストンに移籍していた。メランビーがC若しくはAマークを着けるのは、これが12シーズン連続。

ボストン:ジョー・ソーントン。8月12日に3年2000万ドル契約合意(ノートレード条項含む)。現在背中を痛めて欠場中だが、重症ではなさそう。
2002年10月8日、ブルーインズの17代キャプテンに就任。シーズン開幕直前にチーム練習施設の外に当時のヘッドコーチ、ロビー・フトレクに呼び出され、10分ほど他愛ののない話のあとで、キャプテンに指名されて驚いたとか。そして感激して早速両親に電話したらしい。レイ・ボークという偉大なキャプテンの後で就任したジェイソン・アリソン(現トロント)は、ブルーインズのキャプテンという仕事の重圧に対応できなかったと言われており、フトレクコーチはソーントン指名までかなり時間をかけた。そしてソーントンが近年スコアラー&リーダーとして台頭し、不振に悩む選手にまでケアできる性格であることも考慮に入れ、キャプテン指名に至った。

バッファロー:9月15日ダニエル・ブリエール、クリス・ドゥルーリーの2人で務めることが発表された。2003−04年セイバーズは「ミネソタ方式」で、ミロスラフ・シャタン、ドゥルーリー、ジェイムズ・パトリック、JPドゥモン、ブリエールの5人で、Cマークを月毎ローテーションし、ドゥルーリーは2003年11月と2004年3月、4月に、ブリエールは2004年2月にキャプテンを務めた経験あり。この2人は試合毎にC若しくはAマークを交互に着ける。

カルガリー:ジャローム・イギンラ。8月3日3年2100万ドル契約に合意。2003−04年シーズン年俸(750万ドル)からはわずかに減俸となっている。
イギンラは、2003年黒人選手として初のNHLでのチームキャプテンに就任。フレイムズのキャプテンとしてはチーム史上18代めで、現在フレイムズ在籍期間もチーム最長となっている。それまで「C」マークを着けていたコンロイが、イギンラにこれを譲る決断を下し、GM兼任コーチのサターもこれを容認したもの。

カロライナ:ロド・ブリンダモア。8月25日にキャプテン就任。Aマークはグレン・ウエスリー、ケビン・アダムス、コーリー・スティルマンが着ける。ブリンダモアはチーム内最高年俸選手であり、2000年1月にカロライナ移籍以来ずっとAマークを着けており、かねてからリーダーシップとトレーニング好きには定評のあるベテラン。フィラデルフィア在籍時代にも、エリック・リンドロスが故障欠場時にCマークを着けたことも。ハリケーンズのキャプテンの座は、2004年3月にロン・フランシスが移籍後は空席となっていた。

シカゴ:エイドリアン・オコイン。8月2日FAでブラックホークスに移籍(4年1600万ドル)、10月4日キャプテン就任。チームメートの投票後、ヘッドコーチのトレント・ヨーニーの承認を経て就任となった。カイル・コルダー、マルタン・ラポイントがAマークを着ける。
オコインはNYアイランダーズ時代もAマークを着けていた。ブラックホークスでは2004年2月に、アレクセイ・ジャムノフ(「静かなるキャプテン」だったが、リーダーシップ欠如が指摘されていた)が移籍以来、キャプテンが空席となっていた。
ニーダーマイヤーといい、このオコインといい、移籍直後のオフェンス力のあるDFがキャプテンに就任とは、今季のNHLの傾向を象徴しているのかも。

コロラド:ジョー・サキック。チームがまだコロラド移転前のケベック時代(1992−93年)からのキャプテンで、当時のノルディックスにはマッツ・サンディン(現トロントキャプテン)、オーウェン・ノーラン(元サンノゼキャプテン)も在籍していた。ケベックでのルーキー時代には、背番号88を着けていたことも。ソン後ケベックは91年ドラフトでエリック・リンドロスを全体1位で指名。しかしリンドロスが、当時万年「ドアマット」状態のケベックで88番を着けることは一切なく、1試合もプレーしないままトレードでフィラデルフィアに移籍したのは周知の通り。
サキックの同一チームでの在籍期間(1988〜)は、現役選手ではスティーブ・アイザーマン(デトロイト)に次ぐ長さ。

コロンバス:ルーク・リチャードソン。2003年9月11日にキャプテン就任。36歳でかなりスローダウンしているため、2005年夏はバイアウト候補にも名前が挙がっていたが、なんとかチームに残留。今季ブルージャケッツにはアダム・フットが移籍したため、フットがキャプテンに就任するのではという憶測もあったが、ジェラード・ギャラントコーチはリチャードソンの顔を立てた。Aマークは、リック・ナッシュ、フット、デヴィッド・ヴィボルニーがローテーションで着ける。

ダラス:マイク・モダノ。キャプテン就任1年目の2003−04年は、自己NHLキャリア最悪のシーズンに(14ゴール30アシスト、マイナス21)。
今夏はチームとの契約延長交渉が難航。一時は移籍の可能性もあった。ブレット・ハルのいるフェニックスにボストン、はたまた故郷ミネソタなどが移籍先候補に挙がったが、いずれもモダノほどの選手を抱える資金的余裕がなかったり、他の安い選手と先に契約に至ったりという状況で、モダノ陣営は厳しい現実を思い知らされた。その後、スターズオーナーのトム・ヒックス氏直々にモダノ陣営と接触し、モダノは8月4日5年1725万ドル契約延長に合意。結局ダラスに留まった。
ちなみにモダノの契約を単純割りで年俸に直すと1年350万ドル程度。モダノの市場価格は年俸約500万ドルと言われている。さらにスターズは今季のルール改正を考慮し、モダノよりもズボフにモダノより高い評価(3年1200万ドル)を与えてさっさとサインしていたので、モダノとしては大層面白くなかったはずだが、契約合意後は一応そうしたわだかまりを水に流した格好に。
その後、今季もキャプテンに留まるか否かを、GMダグ・アームストロング、デイヴ・ティペットコーチとミーティングを持ったが、そこでモダノが「今季もキャプテンを続けたい」と意思表示した。モダノもすでに35歳。スターズとの契約が切れる頃には、引退も考えられる。
アイザーマン、マリオ、サキックよろしく、ひとつのチームで骨を埋める数少ない選手となるか?(サキック、モダノはチーム移転のため、実質2チームをまたがっています。念のため)

デトロイト:スティーヴ・アイザーマン。今季1年契約で最後のシーズンが囁かれる。今季序盤は太もも付け根故障で欠場していが、10月13日@ロサンゼルス戦で今季初出場。2004年5月1日にはパックを左目付近に当てており、その後NHLはロックアウト突入。一時はそのまま引退も予想されていた。8月2日1年契約(175万ドル)に合意。2006年トリノ五輪カナダ代表入りも、ウエイン・グレツキーからすでに太鼓判を押されている。

エドモントン:ジェイソン・スミス。今季はクリス・プロンガー、マイケル・ぺカと、次々とキャプテン格の選手がオイラーズに移籍したが、いずれの選手もAマークすら着けず。従来通りジェイソン・スミスがキャプテンに収まり、Aマークはライアン・スミス、イーサン・モローと、従来のオイラーズメンバーが着ける。
プロンガーは移籍後、クレイグ・マクタヴィッシュコーチとCマークについての議論をした際に「自分の個性を発揮するのに、CマークやAマークが必要というわけじゃない」と説明したとか。またライアン・スミスは、世界選手権カナダ代表でのキャプテンとしても知られるが、2002年大会でぺカが負傷後にCマークを着けて以来、キャプテンを務めることになったという縁あり。

フロリダ:オリ・ヨキネン。2003年10月7日にキャプテン就任。歴史の浅いパンサーズにおいては、ブライアン・スクルードランド、スコット・メランビー、パヴェル・ブレ、ポール・ロウスに次いで5代めキャプテン。今夏は契約更改が遅れて心配されたが9月11日に合意(1年250万ドル)。ただ1年契約で今季終了後は制約なしFAとなる可能性があるだけに、今後の動向は要注目。ヨキネン本人は「フロリダで今後も長い間プレーしたい」と意思表示しているが、マイク・キーナンGMの心の内は? ヨキネンはキーナンGMとの確執は否定している。今季序盤は太もも付け根故障に悩まされながらも好調を維持。

ロサンゼルス:マティアス・ノーストロム。今季序盤はハムストリング負傷と高熱により欠場していた。2001年10月1日にキングズの12代キャプテンに就任。キングズではロブ・ブレイクがトレードされた後はキャプテン職が空いていた。Aマークは、ルュク・ロバタイユ、アーロン・ミラー、ジェレミー・ローニック、クレイグ・コンロイがローテーションで着ける。

モントリオール:サク・コイヴ。1999−2000年開幕前にカナディアンズのキャプテンに就任。選手たちの投票による選出で、シェーン・コーソンを僅差で破った。1904年チーム創設以来28代めキャプテン。2001年9月5日にガンを宣告され、その後の検査の結果、腹部の非ホジキン型リンパ腫と判明。12日から抗がん剤による治療を開始し、2002年1月15日に化学療法終了。2月7日には寛解宣言し、2002年4月9日地元でのvsオタワ戦で復帰した。
カナディアンズでは、1993−94年以来、ギイ・カルボノ、カーク・マラー、マイク・キーン、ピエール・タージョン、ヴァンサン・ダンフースと、めまぐるしくキャプテンが代わっていたため、「カナディアンズのキャプテンになると移籍することになる」とのジンクスまで一時は出来上がっていたが、現在はコイヴで安泰。
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by hockeyworldjapan | 2005-10-15 14:28 | NHL overall

福藤選手、AHLマンチェスター入りに向け大きく前進

さて、お待たせしました。福藤豊選手関連ニュースです。

現地時間9月26日から、NHLロサンゼルス・キングズの2軍にあたるAHLマンチェスター・モナークスのキャンプに参加していた福藤豊選手。27日から氷上練習を開始し、30日、10月1日は、2日連続での紅白戦に出場しました。HWJ掲示板でも速報をお伝えした通り、福藤選手はこの2試合で十分に持てる実力を発揮しました。

まずは9月30日の内容から。ニューハンプシャー州マンチェスターで午前11時から実施された紅白戦。福藤選手は1試合を通して出場し、33セーブ2失点で、チームの勝利に貢献(3−2)しました。相手側のGKとしては、バリー・ブラストが前半27分をプレーして15セーブ1失点、ライアン・マンスが後半に出場し18セーブ2失点という数字でした。

経験の少ないマンスはさておき、マンチェスターでのGK残り1席を争う相手となるブラストを差し置いて、1試合全てに出場させてもらえたということ自体、モナークス首脳陣の福藤選手に置ける大きな信頼と期待が窺えるところです。

福藤選手がこの紅白戦で「1試合通して出場」を言い渡されたのは、この日の朝だったそうです。許した2失点のうち、2点目はやや悔やまれる内容だったそう。「あれは僕のミス。ディフェンス選手のシュートでした。パックがちゃんと見えていたのに、シュートがジャストミートじゃなかったために、うまくセーブできなかった(福藤選手)」とのこと。セーブし損ねて、今度は右膝にパックを当ててしまい、その右膝が少し腫れているのだそうです。古傷の左膝に加えて、今度は右膝? と心配したのですが「ちゃんと治療しているので大丈夫」との、明るい声が返ってきました。

この試合は、福藤選手にとって、9月16日キングズキャンプでの紅白戦以来実に2週間ぶり。それだけに、試合感やケガをした箇所への不安など尽きないのではとも考えたのですが、それは管理人の杞憂でした。

「この日をすごく楽しみにしていたんです。2週間ぶりだったけど、実力通りのプレーしかできないのだから、後悔のないようにやろうと思って」

そして、翌10月1日。前日同様福藤選手は1試合通しての出場となり、対して相手チームはブラストが1試合通しての出場と、モナークスでの仕事を賭けての一騎打ちとなりました。
福藤選手はこの日も19セーブ1失点と安定した内容で、チームは2日間連続勝利(4−1)。失った1ゴールは「味方の身体に当たって入った」ゴーリーとしては仕方のない失点だった模様。「昨日も1試合通しで出場させてもらったし、調子はいいですよ」と、福藤選手からは頼もしいコメントが。一方のブラストは、20セーブ4失点とやや乱調気味だったようです。

さて、モナークスでは、この紅白戦2試合でほぼ今季ロースターが決定するようで、明日(現地10月2日)にもカットされる選手が発表されるのだとか。キングズではカットされる選手がひとりずつ面談されるという形で通告されましたが、モナークスの場合はまずはロースターリストがロッカールーム外に貼られるという方法で選手たちに知らされるんだそうです。そして、チームから放出された選手は、コーチとひとりずつ面談となるんだとか。昨年は放出される側だった福藤選手ですが、今年はかなり期待を持って明日のロースター発表に臨めるのではないでしょうか?

ちなみに、マンチェスターでの本拠地ヴェライゾンワイヤレスアリーナのロッカールームでは、キャンプイン当初から福藤選手のロッカーが「背番号44」でちゃんと用意されていたそうです。
キングズのキャンプでは、チームから与えられた36番という背番号で通すことを強いられた福藤選手ですが、マンチェスターでは最初から44番が与えられたことも、モナークス首脳陣からの期待の現れであると言っていいでしょう。

さらに追加情報ですが、福藤選手の元にやっと今季規定内のゴーリー防具が届いたそうです。
届いたのが試合前日だったため、まだ着用して練習はしていないそうですが、ぱっと見た目がすでに「ああ、小さいなあ」という印象が大なのだとか。今後こちらのブログでも、モナークス・ロースター発表の内容や、新パッドの感触などについても、電話インタビューを含めてお送りしていきたいと思います。

さて、余談になりますが、モナークスのニュースのチェックは、モナークスHP並びに地元紙「ユニオンリーダー」でどうぞ。地元紙の方には、福藤選手のコメント(短いですが(笑))も載っています。

ご感想はHWJ掲示板まで
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by hockeyworldjapan | 2005-10-02 08:53 | Fuku-chan report

お知らせ

まずは、こちらに来てくださっている皆様、いろいろご心配を頂いてしまってすみません。

HWJ掲示板でもお伝えしましたが、LAでトラブルに巻き込まれてしまい、本来であればマンチェスターまで足を伸ばす予定だった福藤選手取材を途中断念せざるを得ない状況に追い込まれてしまいました。

単刀直入にまず私の身に何が起こったかと言いますと、LA近郊で強盗に遭ったのです。場所は、キングズ練習施設からも近いフードコートの一角で、白昼堂々の事件でした。キングスキャンプ中は、選手たちがランチしているところをちらほら見かけたくらいの場所ですので、まさか自分の身にそんな災難が降り掛かるとは思ってもおりませんでした。おそらくそうした油断がこの犯罪を招いてしまったのでしょう。

「Kinko's」というショップの前に駐車してあった車から、助手席から降りて来た黒人男性にいきなり銃を突きつけられ「Don't move. Just give me your purse」と言われました。なので抵抗はせず、バッグ一式さっさと渡しました。

我ながら、その場は意外に冷静だったような気がします。万が一、犯人がこっちに向かって銃を発射してくるのに備え、身を翻しながら考えたのは「あ、あのバッグの中にパスポートも入ってた。まずいな〜」でした。

バッグの中には、アメリカ国内の飛行機移動では書かせないIDのひとつ、パスポートも含まれていました。盗られた現金は戻らないにしても、クレジットカードなどは緊急カード発行が可能だし、失った仕事道具なども現地で買えないことはない。ただ「911」以来、アメリカ国内ではセキュリティチェックが非常に厳しくなっており、パスポートのような写真付き身分証明書がないと国内線は利用できないのです。日本だと1週間で発行できるようになったパスポートですが、LAで再発行するには2週間かかるとのことでした。

その後は、日本領事館の方の「ポリスレポートがあれば航空会社によっては移動が可能かも」という情報を元に、最後まで取材続行を模索しました。しかし航空会社からは「たとえポリスレポートがあっても、写真付きIDを保持していない旅行者の受け入れは、保証できません」とつれない返事が。泣く泣く取材続行を断念するはめになったのです。福藤選手が100%の力を出してくれれば、必ずやAHLマンチェスターの残り1席は確保できると信じていただけに、諦めるにも諦めきれない心情がそこにありました。

状況が状況だっただけに、精神的にトラウマ化するかな? とも危惧していたのですが、周囲の方々の暖かいサポートもあって我ながらかなり早い立ち直りを見せています。特にLAでは、同僚ホッケーライターのKさんに多大なるご親切を頂戴しました。この場を借りてお礼しきれるものではありませんが、改めてお礼を申し上げたいと思います。

また、現場が比較的通行量の多い土地だったため、この事件には目撃者もいました。その目撃者の方がご自身へのリスクを冒してまで途中まで犯人を追いかけてくれて、さらに「ウチはこの近所だからなにか困ったことがあったら、いつでも言ってね」と優しい言葉をかけてくださったり。宿泊先のホテルでは、事件を知ったフロントの人がギフトを渡してくれたり。こうした境遇に陥ってみて、改めてアメリカという国の懐の深さを知らされました。

さて事件後は、現地警察やら(生まれて初めてパトカーに乗りました。しかもアメリカで。犯人護送用だからでしょうか、後部座席はクッションがなくてお尻が痛かった)、クレジットカード会社やら、日本領事館やら(パスポート発行には時間がかかり過ぎるので、帰国のみの1回旅券「渡航書」を発行してもらいました)と、対応に追われました。保険会社との折衝がこの後まだ残ってはいるのが気がかりではありますが。携行品の補償って、取得年月から償却分が差し引かれるので、手元に返ってくるのはほんの一部なのですね。悲しいかな。

まあこれも人生勉強のひとつとして乗り越えることとします。幸いにして元気でいられるのですからね。

というわけで、この一件について書けと言われれば、しばらく書き連ねることは可能なのですが、この辺でやめにしてと・・・徐々にホッケーモードに戻るとします。
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by hockeyworldjapan | 2005-10-02 07:26 | その他